NOVA以前
20年近く前、別の英会話スクールを1−2ヶ月で辞めた経験が2回ある。今となっては内容は何にも覚えていない。片方のスクールは一クラスに10数人の生徒がいるクラスで、授業中も生徒が結構日本語をしゃべるので先生が怒っていた記憶がある。つまらなかったので直ぐにやめてしまった。海外旅行に行くたびに一応個人旅行でも用は足せるのだが、もっと現地の人としゃべれたらなあと思ったけど、結局たいした動機にはならずに英語とは縁のない暮らしであった。翻訳を通信講座で2年ほどやったこともある。面白かったし日本語の文章を書く練習になったから、アマチュアライターとしてその後もこのときの勉強は十分役に立っていると思うが、自分がやりたいのは好きな本を訳すことであって、翻訳を職業とすることではないことがわかったので挫折した。
その後ライターとしていくつか文章を発表していくうちに、どうしても海外で直接研究者や地元の人と情報交換する必要性を痛感した。これが今でも英会話の勉強を続けている動機である。
初めてのNOVA
1999年7月初旬
初めてNOVAに足を踏み入れる。夜だったので受付の人の話を聞いてレベルチェックテストの予約をして帰る。前払いなので思ったよりお金がかかりそうなのがショックだった。今までいくつかならいごとしたけど、格段にお金がかかるのね・・・
数日後(翌日だったかもしれない)
レベルチェックテストを受ける。筆記テストとインタビュー。筆記テストは易しかった。が、インタビューの先生がすごいオーストラリアなまりで、話には聞いていたがlateがライトに、Sundayがサンダイに、makeがマイクに聞こえる。内容は「今まで英語を習ったことがあるか」とか「海外旅行はしたことがあるか。」とか「なぜ英語を習いたいと思ったのか。」とか易しいことばっかりだったが、先生の発音にとまどって何度も聞き返した。ちなみに彼の発音に慣れるまで一年くらいかかりました。最近非常に聞きやすく感じるのは、彼の発音の方が変わったのかもしれない。結果は7A、一応海外に個人旅行で行ったことは何回もあるし、自力でレンタカーやホテルの交渉をしたり地元の人と簡単な言葉を交わすくらいはできたから、6くらいかなあと思っていたのでちょっと落ち込んだ。いろいろ勧められたが、遙かな昔1−2ヶ月で挫折した経験もあることだし、一番少ない70ポイントコースとVOICEチケット10枚を買う。今となってみては7Aレベルの英語をしっかり復習して、会話で使えるようにみっちりやったのは悪くはなかったと思うが、レベル6から始められるとテキストが一冊ですむから10500円の差は大きい(WHAT’S NOVAのテキストの所を参照してください。)
7A
1999年7月15日
初めてのレッスン、先生がTake it easyと言ったのを覚えている。ウェールズ出身のこの先生の英語は今でも聞きづらくてちょっと苦手。レッスンの最初にいきなり2桁のかけ算の暗算を先生が問いかけてきた。ほかの生徒はキョトンとしていたが、こういうのは割と得意なのでいくつか答えられた。これでリラックス。7Aのレッスンでは、内容は聞けば文法も単語も理解できたけど、今まで英語を実際に使ったことがなかったので、結構楽しかった。ただ生徒同士の会話となると弾まないのがちょっとつまらない。同じ日に計3つレッスンを受ける。ほかの二人の先生は聞き取りやすかったし、これなら続けられそうと思った。
1999年7月から8月にかけて
かなりのハイペースでレッスンをとる。15レッスン目までならコース変更をできると勧められて結局210ポイントを買うことになった。
1999年9月
8月中に7Aのテキスト40レッスンを終わり、2回目の章も、中には3回目の章もでてきて、ちょっと飽きてくる。ほかの生徒よりかなりしゃべれると自負していたので、早く次のレベルにあがりたいと忍耐の日々。9月21日、初めてのレベルアップ推薦状。嬉しかったのでよく覚えている初めてから65レッスン目でした。このころあまり正確に記録をつけていないので多少数字が違うかも。なにしろ最初の頃は同じレッスンを2回も3回もやるとは思わなかったので、テキストに直接書き込みをして、ノートを持ってなかったし。ちなみに推薦状をもらった日に4つレッスンをとっていたので、結局68レッスン受けている。VOICEはこのころはCLUB7のある日に2回でただけ。なんとなく敷居が高かったです。このころは家庭学習はまったくしていないで、レッスンにいってただけ。
6
1999年10−11月
9月30日からLEVEL6のレッスンを受け始める。LEVEL6もいきなり一日4レッスンで飛ばす。しかしCLUB7のVOICEに来ている人がいたのである程度予想はしていたのだが、レベル的には7Aと変わらないと思った。このころ新しい先生がどっと入ってきて、ちょっと退屈な授業が続いた。俗に「口を開けるとハエが飛び込むので、開けずににしゃべる」といわれる、よくわからないオーストラリア発音の早口の先生にはしばらく悩まされた。11月2日レベルアップ推薦状をもらう。LEVEL6になって一ヶ月ほどでまだ33レッスン目だったので全然予期していなくてびっくりした。その前の時間に先生が推薦状を書いているのを見て、誰のかな〜などと人ごとのように見ていたし、最後のレッスンではあまりよくしゃべれてなくて、講師が「もっと喋れ」とでもいうようにしばしば私の顔を見ていたので、予想外だった。LEVEL6は中途半端な頃で、CLUB7に行く気はおこらず(実際はCLUB7ってけっこう6の人もでていますね)かといってもREGULAR VOICEにいく勇気はなくということで、レベル6の期間が短かったせいもあって一度もVOICEにはいってない。レッスン以外では、ちょっとだけノートを見直したりして復習したかな。
5
1999年11−2000年1月
11月4日からLEVEL5のレッスン開始。ちょっと他の方面で屈折していたこともあって、ひたすらNOVAにはまって、一日6レッスンとかとったこともあった。レッスンは少しは難しくなっているのはわかるが、まだ楽勝。12月下旬に他校からHELPできた先生に、私がここの先生ならあなたをレベルアップさせると言われたこともあって、ひょっとして年内にあがれるかなと思ったのだが(それが54レッスン目)そこからが結構長くて、結局年が明けて63レッスン目に推薦状をもらう。その日もう一つレッスンがあったので結局64レッスン受けた。LEVEL5にあがってからVOICEへ行きだしたが、最初のうちは先生やほかの生徒の話がよくわからなくて、居心地が悪くて帰りたくなったこともしばしばであったが、最後の頃は他のNOVAのVOICEに遊びに行ったりして楽しめるようになってきた。ときどきノートを見ると、同じ先生から同じことを何回か習っていることに気がついて、もう少しまじめに復習することにした。テキストを読んで、自分がもし会話でこの表現を使うとしたら、スムーズにでてこないだろうという文章は丸暗記につとめた。11月にポイントの5%オフとか言われて、270ポイントを買い足す。さらにそれぞれのコースで10ポイントずつ追加で10000円で買えると勧められて10+10ポイントを買う。ということで計500ポイントを購入しました。VOICIEもしっかり50回分買い足してしまった。おかげでボーナスが入るまで銀行口座はほとんど0でした。他の生徒や先生からはよく進歩していると言われたけど、冬休みにオーストラリアに行ってみて、まだまだ自由にしゃべれないのは痛感。NOVAで慣れているはずのオーストラリア訛も、実際には聞き取れないことが結構あった。結果的には600ポイントコースの方がよかったけど、やはり最初にそこまで自分の根性がつづくかどうか確信は持てないですよね。
4
2000年1月−4月
1月13日からLEVEL4のレッスン開始。VOICEに来ている人たちを見ていても、このあたりから文字通りレッスンの難易度がレベルアップすることが予想できたので、レベルアップテストに合格したことがわかったその日にテキストを購入、文章が急に長くなって知らない単語もどの章にもあって、難しく感じたので予習を始めた。レッスンを受ける前に、一応レベル4のすべての章には目を通しておいて単語をひいておいた。さすがにこのレベルになると、生徒はみな結構しゃべれるので、先生の言うことが他の生徒はわかっているのに私には理解できなくて、最初の1ヶ月くらいは落ち込むこともあった。イディオムがいろいろ出てきて面食らう。(学校英語でこんなの習わなかったよ−)必死で毎日一時間以上家庭学習をした。職場にASAHI
EVENING NEWSがあるのだが、このころから拾い読みをして、VOICEでしゃべるネタを仕入れたりするように努める。3月にNOVAでやっているTOEICを初めて受ける。結果はLISTENING385点READING405点計790点、思ったよりよかった。4月7日思ったより早く98レッスン目に推薦状をもらう。この日もう2つレッスンをとっていたので計100レッスン。
3になって
2000年4月−
ちょうど仕事が異動になって急に忙しくなって、推薦状をもらってから試験を受けに行くまで1週間、さらに最初のレッスンを受けに行くまでもう一週間と、このころ全然NOVAへ行けなかった。試験が難しかったので落ち込んだ。今までのレベルアップテストは楽勝だったけど、初めて「落ちるんじゃないか」と真剣に心配した。今までのレベルアップテストは選択式だったのが、自分で書かなければならないのにもびっくりした。(注:現在はレベル3も選択式テストです)結果は68%、ほんとは7割が合格点らしいが、マンツーマンを1レッスン補習として(?講師の方にはそういう自覚はなかったようだが)とって合格した。
4月20日からLEVEL3のレッスン開始。急に難しくなって、他の生徒は語彙も豊富でよくしゃべれるし、この頃あまりNOVA行けなかったこともあって意気消沈。何しろ6月は体調をくずしたこともあってなんと4レッスンと、今までからは考えられないペースダウンだったし。ただ、なんとか語彙をのばさないとここから先の進歩は望めそうもないのはLEVEL4のあたりから感じていたしTOEICでも痛感したので、毎日一時間以上の家庭学習と、常に単語帳を持ち歩いて通勤の電車で覚えるようには努めた(ただしすぐ寝てしまうことが多かったが)。
7月になって時間的余裕がでてきてNOVAに通えるようになったせいか、語彙増強の効果がでてきたのか、講師や他の生徒の会話が聞きやすくなって、やっとレッスンを楽しめるようになってきた。
2000年8月、オーストラリアに行って現地の人々と自然保護について話した感じでは、まだまだ思うように言いたいことがいえないし、文法的におかしなことをずいぶんしゃべっているのが我ながらわかります。NOVAのパンフレットではLEVEL3は「ノン・ネイティブとしては、十分な能力があります。」ということですが、これは誇大広告、十分でないのは自分で実感しています。いや海外で多少トラブルがあっても何とかなるという意味では十分かもしれませんが、私にとっては全然・・・
2000年12月現在、英字新聞を興味を持った記事だけですがほぼ毎日読むようになりました。NHKラジオの英会話とやさしいビジネス英語は、最近は土曜日以外は欠かさず聞いています。それぞれテキストの音読も始めました。ステレオが壊れたのを機会に、MDで録音できる機器に買い換えました(今までが時代遅れだったのだけど)。スピーキングはまだまだです。特にVOICEでレベル3にあるまじき初歩的な文法ミスをして、落ち込んでしばらく静かになることも多いです。今までになく勉強をし、NOVAにいっている時間の何倍も自宅や通勤中に英語にふれています。それなのにレベルアップという手近な方法が簡単にできなくなって、自分の進歩を感じる手段がなく、焦りを感じることも多いです。同じ頃レベルアップした人が、講師から「来年はレベル2になれるよ。」といわれているのを聞いてショックを受けました。でも11月に受けたTOEICが、受けたときは聞き取れないのも結構あって落ち込んだのですが、880点(リスニング450点、リーディング430点)と3月の時より90点アップだったのが、嬉しかったです。少しずつだけど進歩しているのを感じます。しかしストレスなしにしゃべれる日が来るのはいつのことやら・・・
そして2001年の目標は・・・
英語は目的でなくて、あくまで海外で自然観察したり保護に携わる人と話すための手段なので、今のような形で空いている時間のほとんどを英語学習に費やすのは、一応2001年いっぱいをめどにする・・・つもりでした。最終目標は、
1 TOEIC900点突破
2 LEVEL2
3 英検1級に挑戦(大言壮語の私にも、合格するとは言えない)
しかしトンネルは長い
2001年3月半ば、165レッスン受けたところでスタッフから、レベル3の最終段階に来ていて、きわめてレベル2に近いところにいると告げられ、レベル2になるためのアドヴァイスをいろいろともらいました。イントネーションに気をつけるように、細かい文法ミスがまだ見られること、流暢さももっと欲しいことなどなど、いろいろありました。このころレッスンの中でも講師から、レベル2になるためには、今後どういう点に気をつけていったらいいかというアドヴァイスをラッキーマンツーマンの時にいろいろと言われました。
気をよくしてちょうど春休みだったこともあってせっせとNOVAに通いました。その後ゴールデンウィークも旅行できなかったこともあって、せっせと通いました。そして、それから80レッスン以上が過ぎました。スタッフもいうことがないのか、その後全然カウンセリングがないままほおっておかれてます。そして5月半ばのある日、一緒にレッスンを受けていた若い男性がレッスン終了後呼ばれていったと思ったら「レベル2だって言われちゃった。こまっちゃうな。勉強しないとテストに落ちると言われたけど、どうやって勉強したらいいんだろうね。」と、推薦状を見せびらかすのを目にしました。この人は他校から転校してきてまもなく、今まで数回しか一緒になったことはないのですが、毎回レベル3のテキストの中に知らない単語があるようなので、レベル3初心者だと思っていたので、びっくりして落ち込みました。(この人は結局レベルアップテストに失敗したようですが)同じ日、もう一人推薦状をもらった人がでたようです。気を取り直してカウンセリングを要求したのですが、納得いく答えではなかったです。
思いっきりモチベーションが下がったので、衝動的に締め切り直前に申し込んだ英検一級は、不合格Bで玉砕しました。もっとも合格にはほど遠いものの、語彙を増やせば合格しそうな手応えを感じたので、秋にも挑戦することにしました。
6月なかばころ、あるベテラン講師との授業中にエリアマネージャー(もとうちのブランチの講師)が久しぶりに来て、隣のテーブルで授業を聞いてました。そして次回のレッスンの前に「講師からコメントがあります」とのことで言われたのは、
レベル3としては全然問題はないけど、今は講師はもっと高いものを要求しているため、その目も厳しくなっている。ディスカッションの中でもっと適切な表現を使えるようにするために、自然なイディオムや語彙をもっと覚える必要がある。レベル2ではネイティブ並の会話を要求されるので、今現在はまだレベル2の推薦状は出せないとのことでした。残念ではあったけど、多分今まで受けたカウンセリングの中では一番すっきりしていて、言われたことも納得できました。
そしてそれから終わりのないトンネルが・・・(Level 3 blues に続く)